福島地方裁判所 昭和24年(行)90号 判決
原告 永山徳一
被告 川前村農地委員会・福島県農地委員会
一、主 文
被告川前村農地委員会が昭和二十四年二月一日公告した別紙物件目録記載の土地に対する買收計画中、(ヘ)(ト)(チ)(リ)(ヌ)の土地に関する部分はこれを取消す。
被告福島県農地委員会が昭和二十四年五月二十日附裁決書をもつて原告の訴願を棄却した裁決中、前項目録記載の(ヘ)(ト)(チ)(リ)(ヌ)の土地に関する部分はこれを取り消す。
原告その余の請求を棄却する。
訴訟費用はこれを五分しその二を原告の負担とし、その三を被告等の負担とする。
二、事 実
原告は、被告川前村農地委員会が別紙物件目録記載の土地について昭和二十四年二月一日定めた農地買收計画を取り消す、被告福島県農地委員会が右土地につき同年五月二十日なした農地買收計画についての訴願裁決を取り消す。訴訟費用は被告等の負担とする旨の判決を求め、その請求の原因として、被告川前村農地委員会(以下村農委という)は、昭和二十四年二月一日別紙物件目録記載の原告所有の土地及び亡永山條介所有の土地につき、農地買收計画を定め、その旨公告したので、原告は同年二月十日異議を申し立てたところ、同委員会は異議申立を棄却した。そこで原告は昭和二十四年三月二日被告福島県農地委員会(以下県農委という)に訴願したが、同委員会は同年五月三十日訴願棄却の裁決をし、その裁決書は同年七月二十三日原告に送付された。
被告村農委の右農地買收計画は、農地調整法第十五条の十二第一項(現行第十五条の二十三第一項)及び同法施行令第三十一条(現行第三十四条)の規定に違反しなされた決定であるから、無效か少くとも違法のものである。すなわち、市町村農地委員会は農地調整法第十五条の十二第一項の規定により、定員の過半数に当る委員の出席がなければ会議を開くことができないのに、被告村農委が本件農地買收を決定するときの出席者は定員十名の委員中、委員長と委員三名だけで法定数の出席がなかつた。また、同法施行令第三十一条の規定により、農地調整法第十五条の二第三項各號の各階層の一につき委員の全員が欠けたときは、会議を開くことができないのに、被告村農委の自作層委員二名全員は右審議に全然関与しなかつたのであるから、委員会を開くことができなかつたのである。右の理由により本件買收計画は、違法である。
仮りに右のような違法がないとしても、別紙物件目録記載の土地中(ヘ)(ト)(チ)(リ)(ヌ)の各土地は宅地であつて、農地でないから、この部分に対する決定は違法である。すなわち
(1)(ヘ)の畑二畝二十三歩は、戰前には家屋が建つており、附近発電所建設工事について人夫の長屋や飯場に使用していたのを、その後電工吉田喜作に、川前村に在住する間だけということで貸したのであつた。地目も変更して宅地となつたもので農地ではない。且つ地上には柿の木四本(大木二本此価格二千九百円)生立して年收数百円を原告において收得している。
(2)(ト)の畑二畝二十二歩は、原告の借家人村田藤次郎の住家の裏にあつて、原告の建てた木小屋があつた。原告は右村田に宅地の一部としてこれを賃貸し、家賃に包含してこの地代を取つていた宅地である。
(3)(チ)の畑十三歩は、昭和二年ころ現使用者長久保享の先代宗治が、隣接六十五番の二の地上の家屋を買い受けたので、この敷地と共に宅地として賃貸したもので、先代宗治はもちろん、享の時代になつても、宅地として使用して來たものであるが、戰時中野菜を作るため畑にしたもので、家庭菜園として宅地の一部を利用したに過ぎないものである。
(4)(リ)の宅地五畝二十八歩及び(ヌ)の宅地十六歩の二筆は、現況畑となつているがいずれも宅地(公簿面も宅地)であり、(リ)地上には以前石屋と称する旅館が建築されてあり、その旅館がやめてからその建物を川前村役場で昭和初年ころまで、数年間使用していたものを、原告においてその建物を取り毀した後、(リ)及び(ヌ)の土地を原告の親族永山才治に昭和二年ころ宅地として賃料を取らずに貸したのである。またここは川前の宿として目拔の場所である。この土地の南側用水堀添いには御影石で石垣を構築し(石垣高さ一間巾十三間総数坪十三坪此価格金一万九千五百円)、且つ西側には防風林(杉立木十一本此価格金三千四百七十円、外に柿の大木此価格金千円)があり、特に現在附近の人々が使用している井戸(井戸直径三尺深さ十六尺、面積四坪コンクリト舖裝此価格金八千円、井戸内部の石積直径四尺深さ十六尺面積一坪三合此価格金七千九百五十円跳つるべ裝置及び井戸側此価格金千円)もあり、原告としては將來旅館または住宅を建築する心算であつたが、原告はただ右才治が戰時中食糧事情のため作物の栽培をするのを默過していたにすぎない。原告は最近川前村にも小学校並びに新制中学の教員が増加し、教員住宅に困つており、また一般住宅払底の折柄、この土地を宅地に使用しようとするもので、現況農地として買收((リ)の土地の買收価格金百七十円八十八錢)することは、法の形式にのみ促われて土地の経済的価値を無視したものである。
更に、右宅地以外の別紙物件目録記載の土地は田畑であつても、原告の保有小作地五反五畝八歩の内であるから、これを買收した決定は違法である。すなわち、原告現在の自作地は七反四畝歩(公簿上)であるが、荒地があるため実面積は六反歩で、この外に保有小作地五反五畝八歩であるものを、被告村農委は右自作地と保有小作地を全部小作地とみなして本件買收決定したものである。もつとも右自作地は昭和二十一年度から原告の自作したものであるが、これは原告の小作人に対して、農地調整法施行令により小作料金納では原告家は生活ができなくなるから、小作地の返還を受けて自作する旨を昭和十九年春に申入れ、これが承諾を得ていたので自作をすることになつたものである。右の事情であつたので被告村農委は原告の右自作地を承認して原告所有農地六百余筆を買收計画に供し、本件買收決定になつた土地は原告の保有小作地として認められたものであつた。右の如き被告村農委との了解があるので、原告は昭和二十年十一月二十三日以後に原告の開墾した畑十一筆七反七畝十九歩を特に買收計画に組入を申し出たものである。(この畑は元來買收に入るべきものではないのである)故に本件田畑に対する買收決定は、自作農創設特別措置法(自創法と略称する)第三条第一項第二號の規定に違反することは明かである。以上被告村農委の違法な決定を維持して、原告の訴願を棄却した被告県農委の裁決もまた違法である。よつて原告は請求の趣旨記載の如き判決を求めるため、本訴に及んだものであると述べ、なお、別紙物件目録記載の(オ)、(ワ)、(カ)の三筆の土地は、公簿上原告の長男亡永山條介名義になつており、その買收計画上の所有名義者も亡永山條介になつているが、実質上の所有権は原告にあり、買收も原告のものとしてなされ、原告より異議及び訴願したものであると附陳した。
被告等は原告の請求を棄却し、訴訟費用は原告の負担とする旨の判決を求め、原告の本訴請求原因中、別紙物件目録記載の土地(原告及び永山條介名義)につき、被告村農委が買收計画を樹てたこと、原告が、被告村農委に異議の申立をしたが、棄却されたので、更に被告県農委に対し訴願をしたが、訴願棄却の裁決があり、右裁決書が昭和二十四年七月二十三日原告に送達されたことはこれを認めるが、その余の事実を否認する。別紙物件目録記載(オ)、(ワ)、(カ)の畑三筆の所有者である原告の長男永山條介は、本件農地買收計画樹立当時すでに死亡しており、その子供が三人おつてそのいずれかに右三筆の所有権が移つていたのであるが、いずれにその所有権があつたとしても、右三人の子供は原告の同居の親族であるから、原告の同一世帶員として反別を計算し、保有面積に余剩があるので、該畑地は永山介條名義でその他の原告名義の土地と共に、原告の所有小作地七反歩を超過する小作地として買收したものである。
被告村農委は、本件農地の買收計画を、昭和二十四年二月一日開催の委員会で議決したが、同日の委員会には委員新妻長吉、新妻長太、矢内半藏、永山徳一、戸部源之助、根本庄吉、柳乾一、佐藤裕次の八名が出席し、水野金一、大平甫の両名が欠席したのみで、定員十名中過半数八名出席して、委員会は適法に成立したものである。しかして自作層委員新妻長太が所用のため中途退席して七名となり、また、農地調整法第十五条の十三(現行第十五条の二十四)の規定により、委員たる原告を議席より退かしめ、過半数六名の委員で審議した。その結果一名の委員を除き出席委員の過半数五名の賛成により買收することに決定したので、この間何等の違法もない。また、農地調整法施行令第三十一条本文に「市町村農地委員会に於て農地調整法第十五条の二第三項各号の区分の何れかの一に付当該区分に属する委員の全員欠けたるときは会議を開くことを得ず」とあるのは、同階層の委員全員欠員の場合を指称するものであつて、「出席しないとき」の法意と解すべきでない。このことは改正後の第三十四条に「当該区分に属する委員の全員欠員となりたるときは会議を開くことを得ず」と明定したので、疑義をはさむ余地はない。同日自作層の一名大平甫は欠席、他の一名新妻長太が中途退場したことは事実だが、これは單に出席しないのみであつて全員欠けたときすなわち欠員となつたのではないから、この点においても無效又は違法の決議ではない。
原告が宅地で買收すべきものでないと主張する土地は、何れも古くから畑として耕作の用に供されており、農地でないとする根拠は存しない。現実に耕作されている以上農地と見られるのは、農地調整法及び自創法の定義に明かに示されている。原告が宅地であると主張する
(1)(ヘ)の土地は、原告が発電所建設工事について使用させ、その後吉田喜作という電工に貸していたことは認めるが原告主張の如き契約ではない。
(2)(ト)の土地が、借家人村田藤次郎方の裏にあり、もと原告の木小屋が建つておつたことは認めるが、同人は昭和七、八年頃に、原告から農地として借りたもので、当時小作料年一円位であつた。
(3)(チ)の土地は、現使用者長久保享の先代宗治が、昭和二年ころ原告から借りたことは爭わないが、宅地として借りたものではなく、農地として借り受け、当時小作料として年一円を支払つておつたものである。
(4)(リ)及び(ヌ)の土地に、建物が建築されてあつたことは認めるが、永山才治は原告との間の賃貸借によつて、二十数年間農地として耕作していた。仮りに賃貸借契約がないとしても右才治は使用貸借による権利があるのである。地上の防風林の杉立木や井戸は、買收計画に入つていない。石垣は土地の附帶物すなわち土地と一体をなす定着物として買收計画にいれたが、右石垣の価格は買收対価に算入してない。
なお川前村は自創法第三条第一項第二号の小作地保有面積七反歩、同条第一項第三号の経営面積は三町二反歩である。昭和二十年十一月二十三日現在の事実に徴すると、原告世帶の所有農地は二十五町六畝十九歩であつて、うち畑九反八畝十五歩が自作地、残りの二十四町八畝四歩は小作地であつた。この小作地の中から昭和二十三年末迄に二十二町六反二畝十九歩を買收したので、残地は一町三反五畝十五歩(一町四反五畝十五歩の誤記と認める)であつた。右残地のうちの四反一畝二歩につき本件買收計画を公告したのであるから、原告はなお一町四畝十三歩を保有小作地として所有してるので、法定の七反歩より減じてない。昭和二十四年二月一日本件買收計画を定めた時期の状況においては、自作地一町六反五畝三歩(自作地とした点は適法正当であつたとは断じられない)、小作地七反八畝二十七歩であるが、本件買收計画は、自創法第六条の五の規定により昭和二十年十一月二十三日現在の事事によつてこれを定めたのであつて、違法でないから、答弁の趣旨の判決を求めると述べた。(立証省略)
三、理 由
被告村農委が、別紙物件目録記載の原告所有土地及び亡永山條介所有名義の土地につき、自創法第三条第一項第二号の規定により、買收計画を樹てこれを公告したこと、これに対し原告が異議を申し立てたが棄却されたので、更に訴願をしたが、これまた棄却され、その裁決書が原告主張の日原告に送付されたことは当事者間に爭がない。
原告は、被告村農委が本件土地の買收計画を決定した昭和二十四年二月一日開催の委員会には定員十名の委員中、委員長と委員三名が出席したのみで、法定の過半数に達しないのに会議を開いたものであり且つ自作層委員は一人も右決議に関与しなかつたものだから、右決議は無效であると主張するが、成立に爭いのない乙第一号証、第二号証の一及び証人戸部源之助の証言の一部を総合すると、定員十名中委員水野金一、大平甫を除き会長及び委員七名(小作三名、地主三名、自作一名)、すなわち定員の過半数に当る委員が出席して会議を開き、農地調整法第十五条の十三の規定により、議事に与ることができない原告は退場し、委員一名の反対があつた外全員異議なく、本件土地の買收を決定したことが認められる。また、農地調整法施行令第三十一条は小作、地主、自作の各区分のいずれか一つについて、委員が欠員で一人もないときは、会議を開くことがでないことを規定したもので、單に出席しないという場合まで包含するものでないことは明かであるところ、被告村農委の自作層委員二名には一名の欠員もなかつたのであるから、本件決議には原告所論のような違法はない。
よつて先ず本件買收計画中別紙物件目録記載の(オ)、(ワ)、(カ)の土地に関する部分につき按ずるに、被告村農委が右土地を原告の長男永山條介の所有として買收計画を立てたが、條介は、これより先き昭和十九年中に死亡したこと及び條介に三名の子女があり、右子女が原告と同居していることは、当事者間に爭がない。原告は、右土地は條介の所有名義になつているが、実質上の所有権は原告にあると主張するが、原告の所有であると認めさせるような証拠がないから、右土地は、條介の所有であり、條介の死亡による遺産相続の結果、右三名の子女の所有に帰したものと認める外ない。そして右三名の子女は、原告と同居しているのであるから、右土地は、自創法第四条第一項の規定により同法第三条の規定の適用については、原告の所有する農地とみなされるわけである。ところで、同法第七条は、「第六条の規定による農地買收計画に定められた農地につき所有権を有する者は、当該農地買收計画について異議があるときは、市町村農地委員会に対して異議を申し立てることができる。」と規定している。右にいわゆる「所有権を有する者」とは、眞実所有権を有するものとみなされた者はこれに包含されないものと解する。何となれば、自創法は、農地買收につき、箇人を單位とせず、世帶を單位としたから、その必要上第四条の規定を設けたのであり、同条を適用した結果、買收計画に定めるべき農地はいずれもこれを本來の所有者から買收するのであるから、これに対しては、本來の所有者に異議申立権を与えるだけで十分であつて、更に所有者とみなされた者にまでかかる申立権を与える必要も利益もないからであるそうすると、原告は、右三筆の農地の買收計画には異議を申し立てることができないのであり、行政事件訴訟特例法は、訴願前置主義をとつているから、原告は、適法にその取消を求める訴を提起することもできないのである。
次に、本件土地中(イ)乃至(ホ)及び(ル)乃至(カ)の農地が、原告等の保有小作地であるかどうかを檢討するに、本件買收計画が、いわゆるそ及買收であることは、原告の明かに爭わないところである。被告等は、昭和二十年十一月二十三日現在の原告方の所有農地は二十五町六畝十九歩、うち畑九反八畝十五歩は自作地、残り二十四町八畝四歩は、小作地であつたが、昭和二十三年末までに二十二町六反二畝十九歩を買收したので、残り小作面積は一町四反五畝十五歩である。ところが、川前村の自創法第三条第一項第二号の小作地保有面積は七反歩であるから、右一町四反五畝十五歩から更に本件(イ)乃至(カ)の四反一畝二歩を買收することにしたのであるが、それでも原告方が小作地として所有している面積は法定の七反歩を超える一町四畝十三歩であるから、本件買收計画は違法でないと主張する。証人永山才治、佐々木源吉、佐藤喜久男の各証言に原告本人尋問の結果を総合すると、原告居村川前村の自創法第三条第一項第二号の小作地保有面積が七反歩であること、昭和二十年十一月二十三日当時、原告は畑九反八畝十五歩を自作していたのみであつたが、その後昭和二十一、二、三年にわたり合計約六反数畝歩の小作田の返還を受けて、これを自作するようになつたことが認められる。原告は、自作となつた右田六反数畝歩は、買收計画の関係においては、自作地として取り扱うべきものであると考えているかもしれないが、同法第六条の五に規定するそ及買收の場合においては、昭和二十年十一月二十三日現在小作地であつた農地は、その後適法且つ正当な解約によつて自作農地となつても、第三条第一項第二号所定の小作地として計算されるのであるから、同日現在七反歩を超える面積の小作地は、全部買收できるわけである。原告の主張によつては、本件買收の結果、同日現在における原告方所有の小作地の面積が七反歩よりも少なくなると認めることができないから、本件買收計画に第三条第一項第二号の規定にふれる違法があるということはできない。最後に本件土地中乃(ヘ)至(ヌ)の土地が、原告主張のように宅地であるかどうかを考えるに、檢証の結果及び原告本人の供述並びに証人永山才治の証言を総合すると(1)(ヘ)の土地は、戰前家屋があり附近発電所建設工事につき人夫の長屋等に使用していたのを、その後電工吉田喜作に、川前村に在住する間だけの約束で貸与したもの、(2)(ト)の土地は、借家人村田藤次郎の住家の裏にあつて、同人に宅地の一部として賃貸中のもので、右地上には木小屋、鷄舍及び山羊小屋があり、それ以外の部分を村田が畑として使用しているもの、(3)(チ)の土地は、長久保享に家屋敷地である隣接六十五番の二と共に宅地として賃貸したもので、右地上には、山羊小屋や鷄舍があり、その他の部分を長久保において菜園に利用しているもの(4)(リ)(ヌ)の土地は、現況畑となつているが、公簿面は宅地で、元旅館が建築されてあり、旅館をやめてからその建物を川前村が役場として数年間使用していたが、昭和初年ころ地上の建物を取りこわして駅前に移転し、隣接地に居住する原告の親族永山才治にこの土地を貸与し、同人が耕作に利用しているもので、用水堀添いには石垣が構築しあり、現在附近の人々が使用している井戸もあることが認められる。このように、現況畑として耕作の用に供されていても、宅地の一部を農耕に使用したり、住宅敷地跡を一時菜園として使用している場合、すなわち一時耕作の目的に供されているに過ぎないものと見らるものは、自創法第二条の農地に該当しないものと解するのを相当とする、仮りに被告等主張の如く、(ヘ)、(リ)、(ヌ)の土地が畑として耕作の用に供されおり、農地と見るべきものとするも、右土地が右認定のように敷地跡地である事実に檢証の結果及び原告本人尋問の結果を総合すると、右土地は、県道に面しており、附近には、役場、発電所、学校人家などが立ちならび、教員住宅や一般住宅が不足している折柄これを宅地として使用するのが相当であると認定することができる。いいかえれば、右土地は、自創法第五条第五号「近く土地使用の目的を変更することを相当とする農地」であるところ、同号の市町村農地委員会の指定は、いわゆる法規裁量の行爲であるから、被告村農委がその裁量を誤まり、買收除外の指定すべき右農地につき、これをしないで本件買收計画を定めたのは違法である。結局別紙物件目録記載の土地につき、被告村農委の樹立した本件買收計画及び被告県農委が原告の訴願を棄却した裁決の取消を求める原告の本訴請求中、同目録記載の(ヘ)(ト)(チ)(リ)(ヌ)の土地に関する部分は、理由があるから正当としてこれを認容するが、その余の部分は理由がないものとしてこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十二条本文、第九十三条第一項を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 斎藤規矩三 黒江清 福間佐昭)
(目録省略)